ボロボロに、擦り切れるまで…

ふと、目に入ってきた。

電車に乗ると、小学生くらいの子供3人がなにやら分厚い本を、あーでもない、こーでもないと食い入るように読んでいた。椅子に3人並んで座り、真ん中の子が広げている本を両隣の子が眺める形だ。

パラパラとページをめくっては読み入り、また別のページへ行ったり来たりしている。そんな風に読む本って何よ?…はじめは気にもしていなかったが、そんな一見奇異な読み方が気になりだした。

ガタン…。電車が動き出す。

気が付けば、その本を観察していた。

見てみれば、ブックカバーはとうの昔に外れてしまっている。本の周りはボロボロだ。背表紙部分に至っては、背表紙部分の紙がキレイに剥がれている。本を綴じるための接着剤で辛うじて本の形態を保っている、そんな感じだ。

子供が本を持ち上げたとき、表紙の文字が見えた。そこには
FINAL FANTASY
の文字が見て取れた。…なるほど、ゲームの攻略本というわけだ。世界地図を見て、お目当てのダンジョンのページに飛び、そこに出てくるモンスターを調べて、また戻って…。そんな感じで読んでいるんだろうか。何か喋っているようだが、ここまでは聞こえない。

なんにしても、ここまで読んで読んで読まれまくっているならこの本も本望であろう。おそらくこの本を開いている少年は、この本のどこに何が書いてあるのか、暗記するくらいにこの本を読んでいるに違いない。

自分が、あんなにまで読んだ本ってどれだけあっただろうか。記憶を辿ってみる。…思い出せたのは2冊。一つはドラクエIIIの攻略本。もう一つはバーチャファイター2のゲーメストムックAct.2。どちらも攻略本だ。

振り返ってみる。

ドラクエの攻略本は小学生の時分に使った。ちょうど、目の前の子供のように友達と一緒に読んでいたのを思い出す。出来のいい攻略本は、それ自体面白かった。もちろん、そこに何か物語が書かれているわけではない。だが、確かに面白かったのだ。武器、防具の設定資料や、魔法の詳細など、ファミコンの画面ではとうてい知り得ない情報がてんこ盛りで、ゲームをする上で想像力の手助けとなってくれた。

それだけではなく、同じゲームをやってる友達とのコミュニケーションを取る上で便利なツールでもあった。「ここで全滅した」とか、「ここの敵強いよなー」とか、本をめくりながらたわいもないことを言い合う。ドラクエIIIの公式ガイドブックは、そういう攻略本の一つだった。

…プシュー。ドアが開く。電車が駅に止まったようだ。だが、まだ降りる駅ではない。それは彼らも同じようだった。

また振り返ってみる。

バーチャファイター2のゲーメストムックAct.2。これは対戦攻略編と言う奴で、各キャラで対戦をする上での細かなデータがびっしり詰まっていた。これを読んだのは高校の時だ。

自分のキャラでどう攻めるべきかを学び、相手のキャラがどう攻めてくるかを学ぶ。それに対して自分がどう対処するかを考え、相手が自分の動きにどう対処してくるかを考える。技の発生フレーム数を覚え、硬直フレーム数を覚え、ガードした時に確実に反撃出来る技を覚え…。

端から端まで読んだ。この本は本当にボロボロになり、ページがバラバラに分かれてしまった為、2冊目を買ったほどだ。懐かしい。サルのようにハマっていたよな。当時を思い出す。

…気が付けば電車はまた走り出していた。

今、それほどまでに読めるだろうか。

仕事関係の本をそれくらいに読めれば、もう少しまともな技術者にもなれるんだろうがな。そんな事を考える。すると、
あーーーー!!!!!
…突然の叫び声が、俺を現へと引き戻す。

なんや?どうしたんや?

叫び声はさっきの子供だ。何があったのかと目を向ける。
「ちょっとォ!!!乱暴にページめくるなよオマエ!!折り目付くやんけ!!」隣の友達に大声で文句を付けている。友達はちょっとバツが悪そうだ。
…そんなボロボロでも折り目は嫌か、少年よ(笑)


電車が駅に着いた。降りる駅だったので「その、本に対する情熱を失うなよ。」と心の中で声を掛け、電車を降りた。電車は少年達を乗せて遠ざかっていく。…風が冷たかった。